| 2004.8.1
〜富田林市〜
大阪府堺市内のコインパーキングで車を置き、最寄の堺東駅より南海高野線で金剛駅に向う。最近は便利になり、コインパーキングの場所もインターネットで検索することが出来、また時間制料金表や駐車可能台数の閲覧やリアルタイムの駐車状況を知ることが出来る。大阪市内からだと大阪狭山市駅の方が手前にあり、なおかつ今回の目的地には距離的に近いのであるが、急行電車が停まるため結果的に金剛駅のほうが利便性がいいのである。駅前のロータリーで打ち上げ会場方面に向うバスを待つ。バス停には15時から花火終了までは周辺地域の交通規制によりバスは運休になる旨の張り紙がしてあった。周辺地域の交通規制というのは、つまり歩行者天国になるということである。
バスに乗り込み、PLの塔(正式には「超宗派 万国戦争犠牲者慰霊 大平和祈念塔」)を拝むべくいちばん前の座席に着く。停留所を三つばかり通過した後に例の塔が姿を現す。

市内を東西に貫く大通りからジャスコの前を通る。ここまで来るとさすがに人がいっぱいである。某インターネットサイトで向陽台小学校の北側がいいと書いて有ったので、小学校周辺の地図を印刷して持ってきた。地図上ではバス停の位置は判読できなかったが、地図に印刷されている住所から降りるバス停を向陽台2丁目に定め車内アナウンスを受けて「次とまります」のボタンを押した。予想は的中し、バスは小学校の南側に停まり私たちを降ろした。
それからは人の流れに任せ、近くの交差点から北上するとすぐに打ち上げ会場であるゴルフ場の袂に辿り着いた。我々観光客が歩くことが出来るのはバスが通れるほど広い対面通行道路の歩道部分で、住宅街に通じる幅員4m程の道路への入り口には住民が大きなバリケードを作って入れないようにしていた。住宅地内への車両の通行も通行許可証を持ったものにのみ限られ付近住民か黒い猫の配達車ぐらいが走っているだけであった。
ちょうど、南北道路の北の突き当たり部分で車道は右に折れその先のS字カーブを経て有料観覧会場へ続くようになっていた。歩道はここで終わり左手に砂利敷きの小道が延びていた。この突き当りの先は河川敷の土手のように下りの斜面になっていて降りきった谷の向かい側がゴルフ場の敷地になっていた。まだ13時前だというのに場所取りのシートが多く置かれていたので、本日の撮影スポットをこの辺りで探すことに決める。
とは言っても花火開始時間の19時45分までにはなんと7時間もある。日曜の午後のひとときを、こんな何にも無い土手で平日の労働時間に匹敵する時間をかけて待たないといけないと思うと、「暇」に対する言いようの無い諦めに似た感覚に襲われた。まあ、それ以上自分の「暇」である今この時間について考えることもまた「暇」であること以上に虚しい「労力」に思われたのでここで「永遠の暇」と「無駄な労力」に対する思考を断ち切り、かねてから落ち着いて読みたいと思っていた書籍を取り出す。
レオナルド・ダヴィンチの描く絵画の謎に真っ向から迫った本格サスペンス小説の「ダヴィンチ・コード」である。上巻は数十ページ読んだだけであるが、今日ここに来る間に下巻も購入してきたので準備は万全である。無名の作者による二作目なのだが現在欧米諸国で爆発的なセールスを延ばしているらしく、早くも映画化が決定されているらしい。まるで、サスペンス映画を小説化したかのような絶妙なアングルと場面の切り返しなど、本当にこの小説は全てが巧みに計算されて書かれているように思える。建築・美術・宗教・伝説などに関する造詣が深く建築に至っては、過去はともかく、現代の小説ではほとんど語られることのない建築家の名前、特に実在する建築家の名前が紹介されていて興味深い。我々が見聞きして知っている当たり前の事物に対して、小気味の良いトリビアが紹介されていて、それらの小さなマメ知識が一つの流れを作り「世界は繋がっている」と思わずにいられない感動を体験することが出来る。たまたま半年ほど前にルーブル宮殿やフランスの歴史観・宗教観に触れたばかりだから、なおさらその立体的なスケールを感じ取れるというのもあるのだけれども。

↑当初はココに陣取っていた。
本題の花火の話題に戻ろう。
幸いにも今日の空は朝から分厚い雲に全体が覆われていて鈍い光が景色を支配していた。場所取りのシートの狭間に三脚を立てて読書にふける1人の男・・・当然のことだが、近くを歩いている人たちはある種のことを想像するだろう。そして誰もが私に向かって同じ主旨の言葉をかける。
「あのー、(ここに来るの)初めてなんですけどぉ、どの辺りで打ち上がるのですか?」
当然といえば当然だ。こんなに早くから場所取っているということはベストポジションに違いないし、もし本当に良さげな場所だったら隣に陣取ってしまおう。そんなことを考えているに違いなかった。だが、私の答えはその多くの人々の期待を裏切り、ポケットの中にあった紙切れを見せられながら、こう切り返される。
「いやあ、私も(ここに来るの)初めてなんですよ。なんかインターネットで探していたら、ホラ、この辺がいいって・・・」
質問者たちは、同様にポケットから同じような紙切れを取り出し、更に私に対して誰もが同じ反応を示す。
「ああ、それ私も持っていますよ。プリントしてきました」と。
どうやら、この際限なく思われるネット世界においてこのスポットに赴く人々は皆同一のサイト情報によって導かれているようだ。時はやっと15時。これから徐々に日は傾き初め、やがて夕方を経て夜に至る流れの起点に差し掛かったところである。しかし、予想に反して突如、分厚い雲は夏の強い日差しに負け、背中の辺りに直射日光を受ける状態に陥ることになったのである。
サスペンス小説は下巻に突入したにも関わらず、あまりの暑さに途中で読むことを断念し、しばし散歩することを決め、本を閉じて周囲を見回す。すると先程三脚片手に現れたオジサンが土手の下の小さな池の辺に三脚をセットしているのが目に入った。さっき話をした感じでは下町風の人当たりのい印象があったので、土手を下りそのオジサンの元へ歩み寄った。
「結局ここにしたんですね」
「池があるやろ、あそこに上手いこと打ち上がれば、この池に映るからな。どや、もしよかったらこっち映ってけえへんか?来るンやったら場所あけたるでぇ」」
当地を一見もしたことのない者にとってみれば、撮影のための花火の場所取りなんて所詮賭けでしかない。例え打ち上げの位置を正確に把握していたとしても打ち上げる玉の組み合わせや高さ密度などのスケール感は予想もつかないし、ましてや7時間後の風の状態なんてとてもよそう出来るものではない。花火写真にとって最も重要なポジションは花火に対して風上にいることである。風下にいると風によって流された真っ白な煙が全て視界に入ってしまい花火の光が死んでしまうのである。いわゆる花火のパンフレットに載っている写真というのは、その邪魔な煙が一切入らないように入念に計算されたプロの手によるものなのである。
私は、おじさんの好意の申し出を受けて、先程まで陣取っていた土手の法肩のポジションを後にし、オジサンの右手に改めて三脚とカメラをセットした。ここから池に映る花火と空に舞う花火を同時に捉えることが出来るように調整して堅く三脚のネジを締めた。作業が終わった頃、私の右手に1人のおじさんがやってきた。我々と同じように三脚を片手にしているので、目的は我々と全く同じなのだろう。

↑大していいスポットでもないのに
恐縮です(汗)
「初めてなんですけど・・・」そうおじさんは話しかけてきた。だが、今回の「初めて」は今まで何度も繰り返してきた人々とのニュアンスとちと違った。この新しいおじさんはリタイア後の趣味としてわずか数ヶ月前に一眼レフ(しかもデジタル)を購入したてだというのである。まあ、そんな話から始まり、三人寄ればナントヤラということで本番までの長い暇な時間は延々と続く写真談義によって中和されていった。
一見カメラマン昔からやってそうなオジサンと(自称)若者が並んで三脚立てていると、第三者的に見ると「超ベストスポット」に見えるらしく、気がつくといつの間にか我々の後ろに、ぎっしりと人が詰まっていた。写真を撮るにはなかなかいい場所なんだけども、花火だけを見るのであればあまりお勧めできないポジションである。まあ、ここまで人が集まってしまったらそんな思いも広く後ろの人たちに伝える術も知らず、ただ背後のギャラリーに向ってカメラを向けるぐらいしか出来なかった。
巨大なサーチライトによる簡単なイルミネーションのパフォーマンスの後に第一発目が始まる。ここから先は、百聞よりも一見にしかずと古代の人も語っているように、写真に幾つかもコメントを添えて紹介させてもらうことにする。
|
 |
|
|
まるでジョーロのよう |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
幻想的な色合いの光 |
|
|
|
|
|
|
|
|